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No.004 オーデュボンの祈り 2012年12月09日 書籍 トラックバック:0コメント:0



物事は、調べ始めると次から次へと新しい発見が連鎖的に、

いつの間にか、あっちとこっちがリンクして、終いには丸く繋がったり。

今回も前記事を調べる中で、とても興味深い書物を見つけたので紹介しようと思う。

伊坂幸太郎著「オーデュボンの祈り」


物語の中にこんな行がある。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

「オーデュボンというのは、動物学者だ」田中はそう話をはじめた。

「フランス生まれだが、アメリカに渡った。そして鳥だとか哺乳類の研究に打ち込んだ」

「オーデュボンはリョコウバトを見つけた。二十億羽もの群れで、空を覆いながら飛ぶ鳥だ。」

「何十億、何百億という鳥が絶滅するかよ」

日比野は、もとからそんな鳥の存在を疑っているかのようでもあった。

「リョコウバトの肉はうまかったらしい」と田中は言った。

それが絶滅の理由のひとつだった、と。

「だとしても、数十億がいなくなるもんか」日比野の意見に、僕も同意したくなる。

「誰もがそう思っていた」田中は人差し指を出した。

「あまりにも数が多すぎたんだ。数が多いことが人を鈍感にした。

いくら虐殺しても絶滅につながるとは思えるわけがなかった。

オーデュボン自身、リョコウバトが消えるとは予想していなかったくらいだ。

「パトスキーの虐殺」田中は返事の代わりにそう口にした。

「1878年、ミシガン州のパトスキーの森林地域で、十億ものリョコウバトが見つかったんだ。」

今から考えれば、その時に、その数の群れがいたことは奇跡に近かった。

貴重な生き残りのリョコウバトだった。それがある人間たちに発見された。

彼らはその時、その鳥たちを少なくとも数億の単位で捕獲しておくべきだったのかもしれない。

「そうはしなかったんだね」僕も予想はできた。

「貴重なリョコウバトの群れ。人間は、それを発見してどうしたのだと思う?」 

撃ったんだ。聞かなくてもわかる。

「ハンターが大挙してやってきた。史上最大のリョコウバトの虐殺がはじまる。

一ヶ月に、三百トンの死骸が出た」

「リョコウバトは、繁殖能力が弱かった」独り言のように田中はつぶやく。絶滅の二つ目の理由だ。

「膨大な数で群れていて、はじめて繁殖できた。

だから残虐がはじまれば、子供の数は急激に減っていくしかない」

「でも、そのオーデュボンもまさか、鳩が全滅するとは思わなかったんだろ。

そいつも無知で馬鹿な男の一人だったんだろ?」日比野の言い方は、遠慮がない。

「だとしても、オーデュボンは願っていたんだ」田中は語調を強めた。

「彼はリョコウバトの大群を、その壮麗さは言葉では表現できないと言い、

壮大な景色が永遠に続くことを望み、祈っていた。そうに決まっている」

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


既存のミステリーの枠にとらわれない大胆な発想で、読者を魅了する伊坂幸太郎のデビュー作である。

物語中に、ジョン・ジェームズ・オーデュボンのリョコウバトの話が多用され、

世界観の構築に役立てられている。

それはどのような世界観なのか?ストーリーの詳細に関しては本筋から逸れるので、

ここでは割愛するとして・・・

またカオス理論の説明などもされており、初期値鋭敏性など学術的な用語を利用している。

カオス理論については、大群で飛ぶ神秘的な鳥の群れの動きに通ずるところがあるので、

こちらもまた改めて後述したいと思う。

さて、オーデュボンは、当時、アメリカ大陸に生息するリョコウバトを発見した人物である。

1800年代の北アメリカ東部には、鳥としては史上最多の生息数

(一説には50億羽ともいわれる)を誇るハトが存在していた。

渡り鳥であったところから「旅をする鳥」リョコウバトと呼ばれたこの鳥は、

我々が想像も出来ないほどの巨大な群れを形成したという。

とてつもない数の群れで何日も空を覆い尽くしたリョコウバトは、

そのとてつもない数にもかかわらず、人間の乱獲によって絶滅したのだ。

彼はリョコウバトの絶滅を予測したにもかかわらず、

ついにリョコウバトを絶滅から救うことはできなかった。



オーデュボンの祈り。

この物語の中には、リョコウバトと重ね合わせて、

「誰にも止められない悲しい結末に向かうことを、人間は失わないと“こと”の大きさに気がつかない」

という著者の痛烈なメッセージが込められているのではないでしょうか・・・。




リョコウバト〜Wikipediaより

18世紀には北アメリカ全土で約50億羽が棲息したと推定され、世界で最も数の多い鳥だったと言われる。
これは当時の北アメリカに棲息していた鳥類の全個体数の4分の1に相当するとも言われ、
また当時の全人類の人口よりも遥かに多く、18世紀では最も数の多い高等生物であったとも言える。

しかし、19世紀に入ると食肉や飼料、また羽根布団の材料になる羽毛の採取のために
乱獲が行われるようになり、数が激減していく。
ただ、それでもまだ莫大な数がおり絶滅するはずがない、と保護は真剣には検討されなかった。
リョコウバトの肉は非常に美味であったと言われ、都会でも良い値段で売れたため、
銃や棒を使用して多くの人々が捕獲を行った。

加えて「ハト撃ち」は、裕福な層の人にとっては嗜むべきスポーツであった。
こうしてリョコウバトの捕獲を専門にするハンターによる、組織的で大規模な狩猟が行われた。

しかし1890年代に入るとその姿はほとんど見られなくなり、ようやく保護も試みられ、
ポスターも作られるなどしてキャンペーンが張られ懸命の努力が行われたが、すでに手遅れであった。
また、保護運動にしても活動家がハンターから暴行を受けるなどの妨害もあった。

ハンターたちが趣味のリョコウバト狩りをしようにも肝心のハトがいないと気付いて慌てた時には、
もうリョコウバトはアメリカの空から消えていなくなっていた。

リョコウバトはそのかつての個体数からは想像もできないほど繁殖力の弱い鳥類であり、
小さな集団では繁殖できず、繁殖期は年に1度で、しかも1回の産卵数は1個だけであった。
そのため、いったん大きく減った個体数を回復することは困難だったのである。
また、19世紀以降、リョコウバトの本来の生息地であった森が人間の開発により
急速に奪われていったことも、彼らの減少に拍車をかけることとなった。

1906年にハンターに撃ち落されたものを最後に、野生の個種は姿を消す。
1908年に7羽、1910年8月にはオハイオ州のシンシナティ動物園で飼育されていた
雌のマーサ(ジョージ・ワシントンの妻マーサから名をとった)のみとなる。

マーサは動物園で生まれ、檻の中で一生を過ごした。
1914年9月1日午後1時、マーサは老衰のため死亡し、
リョコウバトは絶滅した。マーサの標本は現在スミソニアン博物館に収蔵されている。


最後の一羽となった「マーサ」

9ded136b.jpg



現在、世界中のあちこちに、絶滅の危機にさらされた鳥たちがたくさんいます。

本ブログの第一回目に紹介した「世界鳥類大図鑑」のマイケル・ランド博士の言葉の如く、

「その中の一種でも失えば、人類の損失となります。」

微力ながらも本ブログで鳥の魅力、大切さを少しでも伝えることが、

こうした鳥たちを保護する活動の一助となればと願わずにはいられません。




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